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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)8498号 判決

原告 車田進

右訴訟代理人弁護士 古荘義信

被告 金井祥庫こと 金勲暎

右訴訟代理人弁護士 田之上虎雄

同 黒田節哉

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し金一四九八万一四八四円およびこれに対する昭和四九年一〇月一八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

原告は、昭和四三年九月四日株式会社富士商会から別紙目録記載の建物部分を賃料月金五七万五〇〇〇円(ただし同年九月分は金二五万円、一〇月分は金四〇万円)で賃借して引渡しを受け、右建物部分において飲食店を経営していた。

右会社の代表取締役であった被告は、昭和四四年一〇月一五日深夜より翌日未明にかけて右建物部分の入口の鎧戸の錠を原告所持の鍵が使えないように取替えたうえ入口を鎧戸で閉塞し、その前に「改造のため当分休業させて頂きます。立入禁止。株式会社富士商会」との看板を立てた。これによって原告は右建物部分に立入ることができなくなり、原告の飲食店営業は事実上被告の暴力により侵奪されてしまった。

被告の右不法行為により原告は次のとおり損害を蒙った。

(1)  昭和四四年一〇月一六日以降の営業不能により、仕入品、冷蔵庫、その他の什器類を使用できなくなったことによる損害金一九九万八九八四円

(2)  営業不能により社会的信用を喪失したことに基づく精神的苦痛に対する慰藉料金二〇〇万円

(3)  昭和四四年一〇月一六日から昭和四八年一二月三一日までの営業不能による逸失利益(一ヶ月金三〇万円の割合)金一五一五万円

右(1)(2)(3)の合計は金一九一四万八九八四円であるが、これから原告の昭和四四年一月から同年一〇月一五日までの右建物部分に対する未払賃料債務金四一六万七五〇〇円を差引くと、原告が被告の右不法行為によって蒙った損害額は金一四九八万一四八四円になる。

よって原告は被告に対し、右不法行為に基づく損害賠償として金一四九八万一四八四円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四九年一〇月一八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

全部否認する。

三  抗弁

仮に請求原因事実が認められたとしても、原告主張の損害賠償請求権は次のとおり消滅した。

1  和解による消滅

(一) 被告は原告に対し、昭和四四年、合計金一五〇万円の約束手形金請求訴訟を提起した(東京地方裁判所同年(ワ)第七〇五六九号事件)。

(二) 同事件において原告は昭和四五年三月一〇日付準備書面に原告が本訴において主張する不法行為による損害賠償請求権をもって右手形金債務と対当額において相殺する旨の抗弁を記載し、これを陳述した。

(三) 同事件において昭和四八年九月一九日当事者間に次のような和解条項の裁判上の和解が成立した。(1)被告(本件原告)は原告(本件被告)に対し右約束手形金債務の内金九五万円およびこれに対する昭和四四年六月二五日より支払ずみに至るまで年六分の割合による金員の支払義務のあることを認め、これを昭和四八年一二月末日限り支払う。(2)原告(本件被告)はその余の請求を放棄する。(3)原告、被告間には、本和解条項に定めるほか何らの債権債務の存在しないことを確認する。

(四) 右裁判上の和解において、原告は本件損害賠償請求権を放棄したのであり、仮にそうでないとしても民法第六九六条により本件損害賠償請求権は消滅した。

2  時効による消滅

原告の本訴提起の時(昭和四九年一〇月八日)は、原告が本件不法行為による損害および加害者を知った昭和四四年一〇月一六日から三年を経過していたので、本件損害賠償請求権は時効によって消滅した。

四  抗弁に対する答弁

1  抗弁1のうち(一)ないし(三)の事実は認める。(四)の主張は争う。被告主張の裁判上の和解は、原告(本訴被告)が「その余の請求を放棄し」、被告(本訴原告)が相殺の抗弁としての損害賠償請求権の主張を撤回するという双方の互譲によって成立したものである。したがって、「本和解条項に定めるほか何らの債権債務の存在しないことを確認する。」とは被告主張の「約束手形金請求につき和解条項に定めていない債権債務の存在しないことを確認する。」という意味であって、原告が相殺の抗弁で主張した債権の存在しないことを確認するという意味ではない。また、原告が右裁判上の和解において本件損害賠償請求権を放棄したならば、和解条項にその旨明記される筈であるが、そのような条項はないから、原告が本件損害賠償請求権を放棄しなかったことが明らかである。

2  抗弁2の事実は否認。原告が本件不法行為による損害の発生を知ったのは、林政雄の株式会社富士商会および原告に対する建物明渡請求事件について右会社がした上告の却下決定がなされた昭和四九年五月一五日である。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因事実の存否は暫く措き、本件損害賠償請求権は裁判上の和解により消滅した旨の抗弁1の当否について先ず判断する。

抗弁1の(一)ないし(三)の事実は当事者間に争がない。右事実と≪証拠省略≫に基づいて考えると、特段の事情の立証のない本件においては、右裁判上の和解は、被告の請求にかかる約束手形金債権と原告が相殺の自動債権として主張した本件損害賠償請求権の存否を争いの対象とし、これについての双方の互譲の結果成立したものであり、したがって、「原告、被告間には本和解条項に定めるほか何らの債権債務の存在しないことを確認する。」との前記和解条項は、本件損害賠償請求権を明示していないが、当然に被告(本訴原告)がこれを放棄したうえその不存在を確認した趣旨を含むものと認めるのが相当である。そして、仮に原告は右裁判上の和解において本件損害賠償請求権を放棄する意思がなかったとしても、前認定のとおりその存否は右和解における争いの対象になっていたのであるから、民法第六九六条により、右裁判上の和解に含まれる私法上の和解の効力として、原告の本件損害賠償請求権は消滅したものといわなければならない。以上のとおりであるから被告の前記抗弁は理由がある。

二  よって、請求原因事実の存否について判断するまでもなく、原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 瀧川叡一)

〈以下省略〉

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